アデレードからガールフレンドがメルボルンに休暇で来ているので会った。色々積もる話をしたのだが、その内の一つにこの「メルボルン徒然草」の更新が長期間停まっているということであった。
そういえば最近はフェースブックに日常のことを書くことが多く、このブログの更新を忘れていた。
閑話休題
ウチの奥さん(刑事コロンボみたいでしょ。古いか)が昔(約30年前)お世話になった方が妹さんと一緒に2週間ほどの予定でメルボルンに来られている。この姉妹は70歳代でお二人とも教員をなさっていた。
一線を退かれた現在でも知識欲は旺盛で様々なことに興味を保たれている。
で話は自然に教育に関することが多くなる。
オーストラリア在住の感想に始まり、日本の教育についてどう思うかとか、様々な質問をされるので可能な限りお答えすることにしている。
日本の英語教育と「グローバル化」に就いてという壮大なテーマを与えられたので次のように答えた。
1.英語ができるということ=国際人であるというのは幻想にすぎない。
2.そもそも国際人とかグローバル化の基準がよく分からない。
3.英語ができることがとても素晴らしいことのように言われているが、英語圏の人間が全て素晴らしいかというとそんなことは全くない。
4.英語が国際会議とか貿易で使われる言語であることは間違いない。
5.仮にグローバル化ということが「国際会議や貿易で英語を駆使することあるいはできることを目指している」のであれば英語教育よりも日本語教育に力を入れるべきである。
6.更に日本語で討論あるいは交渉出来ない人間が国際会議の場などで英語を使って討論・交渉ができるわけがない。
この拙いブログを読まれた方々のご意見を伺いたい。
1 件のコメント:
激しく同意します。
日本人は母国語を話すことはもちろんのこと、
本を読み、歴史を勉強して、日本人のアイデンティティーを持つこと。そのためには若いうちに外国に身を置き、見分を広め、日本人としての自覚と誇りを認識してもらいたい。
英語で話すなんてそれからでも遅くはない。
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