2011年3月9日水曜日

大学入試と携帯、前原外相辞任、迷惑座りできない座席

過去数週間にニュースで取り上げられた話題を三題噺風にタイトルをつけてみました。


大学入試で携帯電話を使って回答を得ようとした行為は無論「良くないこと」であります。がその後のマスコミの姿勢は首をかしげたくなる。「社会の木鐸」をもって任じているならば一流紙としてある事件を取り上げるか否か、取り上げた事件をどのように報道するか、という責任があると思う。前代未聞、あってはならないこと、という切り口だけでは事態はよくならい。
ルールを決めて、それを守らないことは悪いこととして糾弾する前に、そのルールがどのように決まったのか、現時点でもそのルールの有効性があるのかを取り上げるべきだと思う。

日本は法治国家であることを標榜しているが、すべて法律に照らして判断する事が可能なのか?暗黙の了解、不文律、社会通念、あるいは常識が法律に先行すべきではないだろうか。

前原外相が「違法な献金をうけとった」ので自ら辞任を申し出たという。ものすごい金額なのかと思ったら全部で20万円程度だという。自らが判断して辞任したのだから、僕がとやかくいうことではないが、国外から見ていると「何で?」と思ってしまう。

マスコミが悪いのか国民性なのか分からないが、不寛容、付和雷同性、根本を見つめ直さないで表層的に判断をする、徹底した議論を避けたがる、と言う傾向が見られると思う。

起こった事象の原因や経過を調べるのは大変だし、時間がかかる。

だからといって対処療法的な解決だけではいくら「今後かかかることが無いよう再発防止に努めます」といっても「再発」する。

で、最後の迷惑座りができないようにする電車の座席、こんなモノが必要がないように「迷惑座りするのは格好悪い」と新聞あたりが大々的なキャンペーンをしないかな。

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