オーストラリアにいて日本のニュースを見ていると時々おやっと思う事がある。
今就職をしようとすると大変に難しい、氷河期だと言われている。そのため、面接に成功するためのマニュアル本が飛ぶように売れていて「面接官にこう聞かれたらこのように答えなさい」などということがニュースになっていたりする。
学生は必死になってパターンを覚えこみ面接に望む。面接官としてはどの学生からも同じような答えしか返って来ないので困り果て、対抗手段を講じる。
受験生に「質問をさせる」。
学生は質問されたときの答えはある程度用意しているが、突然なんでも聞いてください、と言われると混乱する。
どの会社でもほしいのはコミュニケートが出来る人間なのだ。
コミュニケーションというのは会話と訳される場合が多いが、「共通認識を創り上げる」「共有する」ということでただ単に言葉のやり取りをするというだけでは十分ではない。
セールスマンが物を売ろうとするとき、「この商品はいいんです、お得です、安くしますから買ってください」などと言っても売れる数は高が知れている。
昔、車のトップ・セールスマンと話をする機会を得たが、車なんてどのメーカーも同じようなものを作っているので車の話だけでは「差」がないのでセールスは成功しない。「差」があるのは個人だから、「自分」を売り込むんだ、と言っていた。
つまりセールスマンとお客との間に共感できるもの、シェアできるものを創り上げられるかどうかということ。
「同じ日本人なんだから分かってくれるだろう」という思い込みが様々なトラブルの原因だ。
このトラブルの解決法の一つは質問することだと思う。
3 件のコメント:
またまた、まさに同感!です。
本当に世の中マニュアルだらけです。これは、日本の学校教育が「教える」ことを中心にしているため、受身的に知識と"How to do"を身に付ける能力は育てても、"What to do"を自分の頭で考える力は育てにくいからではないかと思っています。
私は自分の意見をはっきり言ってしまうほうですが、私の意見を聞いた人が、明かに同意した顔ではないのに、「どうして?」も「それはどういうこと?」も「私はこう思う」もなく、ただ黙ってしまう場面によく出会い、いつも戸惑ってしまいます。
人は一人ひとり考えが違っていて当たり前だから、話し合って「共通認識を創り上げる」ことでお互いに理解を深めていくのだと思いますが、そういう話し合いを避ける日本人は多いようですね。
自分の意見と違っていても口では「そうそう」とあわせたり、とにかくその場で一番強い人の意見に合わせたり。そのうち自分の意見そのものが分からなくなってくるのじゃないかと思います。
「意見が対立する」「すぐに理解できない」のは避けられないことですし、それ自体いけないことではなく、いけないのは分かり合っていないのにそのままにしておくことですね。お互いに納得するまでコミュニケーションをとることが大事ですよね。
またまた、まさに同感!です。
本当に世の中マニュアルだらけです。これは、日本の学校教育が「教える」ことを中心にしているため、受身的に知識と"How to do"を身に付ける能力は育てても、"What to do"を自分の頭で考える力は育てにくいからではないかと思っています。
私は自分の意見をはっきり言ってしまうほうですが、私の意見を聞いた人が、明かに同意した顔ではないのに、「どうして?」も「それはどういうこと?」も「私はこう思う」もなく、ただ黙ってしまう場面によく出会い、いつも戸惑ってしまいます。
人は一人ひとり考えが違っていて当たり前だから、話し合って「共通認識を創り上げる」ことでお互いに理解を深めていくのだと思いますが、そういう話し合いを避ける日本人は多いようですね。
自分の意見と違っていても口では「そうそう」とあわせたり、とにかくその場で一番強い人の意見に合わせたり。そのうち自分の意見そのものが分からなくなってくるのじゃないかと思います。
「意見が対立する」「すぐに理解できない」のは避けられないことですし、それ自体いけないことではなく、いけないのは分かり合っていないのにそのままにしておくことですね。お互いに納得するまでコミュニケーションをとることが大事ですよね。
サイクルおじさん
コメント有難う御座いました。
娘が教師をしている学校では今後iPadを使って教科書を徐々になくして行く方針なのだそうです。
教科によって又生徒によって進度が違うので、生徒一人ひとりが分からない所があったら元に戻って復習ができるから、というのがその理由です。
さらに、インタラクティブに図表や音、動画も盛り込むことができるからでしょうね。
「教える」事もすこしずつ変わってゆくのでしょう。
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